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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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新型インフルエンザ騒動の怪40=豚インフルエンザ報道を検証する(第32回) インフルエンザ怖いキャンペーン(2)鳥インフルエンザ騒動

シリーズ「新型インフルエンザ騒動の怪」の続報。■今回も、“世界の環境ホットニュース[GEN]”の最近のシリーズ “豚インフルエンザ報道を検証する”の最新版を転載。



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世界の環境ホットニュース[GEN] 743号 10年01月16日
         ご意見・ご投稿 → このメールに返信

      豚インフルエンザ報道を検証する(第32回)

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第32回 インフルエンザ怖いキャンペーン(2)
      鳥インフルエンザ騒動
                     原田和明

 ヒトへの感染が初めて確認されたという鳥インフルエンザ騒動もおかしなことばかりです。ウィキペディア「H5N1亜型」より以下引用します。

 1997年、香港で本来人間に感染することはないとされていたH5N1型のトリインフルエンザが人間に感染した。このウイルスに18名が感染し、うち 6名が死亡した。この後も、何度か人間に対して感染が起こっており、現在HPAIを引き起こすアジア株に感染した場合のヒトの死亡率は 約60%である。感染者は、ほぼ全てのケースにおいてトリと物理的接触をしたことが確認されている。ヒト同士の間で伝染、もしくはヒトに空気感染すると言う証拠は発見されていない。

 また、この後の研究により過去のスペインかぜ、香港かぜなどのパンデミックはトリインフルエンザウイルスに由来するものであった可能性が高いという証拠が発見された。これは次のパンデミックもトリインフルエンザウイルスの変異によって現われる可能性が高いということを表している。
(引用終わり)

 この説明を聞くと、鳥インフルエンザは怖いという印象を受けますが、そもそも香港でなぜ、「本来人間に感染することはないとされていたH5N1型のトリインフルエンザが人間に感染した」のでしょうか? その顛末は、ピート・ディヴィス「四千万人を殺したインフルエンザ」(文藝春秋1999)によれば、次の通りです。

 まず、1997年3月に香港の農村地帯・新界にある3つの養鶏場でインフルエンザが発生、鶏7000羽が死んだ。問題のウイルスは香港農水省によって分離され、香港大学微生物学教室で、すぐにH5N1型であると同定された。この時点でのすべての知識、データからは、「このウイルスで人間が発病することはない」と考えられていたことから誰も注意を払っていなかった。このウイルスはなぜか、ケネディ・ショートリッジ(香港大学微生物学教室主任教授)の「単なる興味本位で」、米国アイオア州エームズにある米農務省の高度安全施設に送られた。



 この直後の1997年5月、香港で3歳の男児が「風邪のような症状」になった。精密検査をしても原因不明で、呼吸困難がひどくなっていった。集中治療室に移されたが、低酸素血症、急性呼吸不全、肝臓、腎臓の機能不全などを次々に併発して発病から12日後に死んだ。その 3日後にインフルエンザに感染していたことが香港衛生署で確認された。しかし、H1とH2型ではないことまでしか香港では確認できなかった。香港衛生署は、ウイルスが特定できなかったときのルールに則り、WHOの指定機関である米国疾病管理予防センター(CDC=アトランタ)とイギリスの機関へウイルスを送付し、ついでに、これまで一面識もなかったデ・ヨングというオランダの老ウイルス学者にもウイルスを送った。デ・ヨングも二ヶ月実験を続けたが特定には至らず、彼はウイルスをさらにオランダ国立インフルエンザセンターへ送った。ここでウイルスがH5N1型だと突き止められた。このとき、世界で初めて、H5N1型鳥インフルエンザがヒトに感染したことが確認された。

 CDCが先を越された理由として、CDCには世界中から無数のサンプルが送られてくるからだとか、所長は旅行中で、副所長も他の研究課題をやっていたなどという理由が並べられ、挙句の果てには、実はH5N1型を検出するための試薬をCDCはもっていなかったという理由まで登場します。CDCは急遽、農務省(ジョージア州アセンズ)から H5用の試薬を取り寄せて、3日後にCDCもH5N1型を確認しています。その農務省には、ショートリッジが思いつきで送
付していたH5N1型ウイルスがありました…。

 このように、「ヒトに感染した鳥インフルエンザ」発見のエピソードはおかしなことばかりです。H5N1型ウイルスを「単なる興味本位で」他の機関に送るなどということも考えられませんが、一面識もない個人に死者から採取したウイルスを「ついでに」送るなどさらにありえないことです。それがどちらもH5N1型であり、米国農務省でつながるというのもできすぎています。

 その上、CDCがウイルスの特定を二ヶ月も放置した理由も不自然すぎます。二ヶ月の放置の理由を責任者の旅行とし、H5N1型だと突き止められた直後に特定できた理由を、CDCがH5型を検出するための試薬をもっていなかったというにいたっては噴飯モノです。それではイギリスの研究機関は何をしていたのでしょう? 香港大学でも即座に特定できたことが、世界最大のウイルス解析センターでは試薬の用意がなかったためにできなかったという話を誰が信用するでしょうか? 米国CDCは死者が出たウイルスがH5N1型だったと発表することを「何かの理由で」避けたのではないかと私は考えました。

 ところが、ジーナ・コラータ「インフルエンザウイルスを追う」(ニュートンプレス2000)では、かなり異なる事情が説明されています。まず、CDCはサンプルを香港からは直接受け取っておらず、オランダ国立インフルエンザセンター経由で7月に受け取ったとのことです。オランダでも ウイルスの型を特定できていないままだったので、CDCでも通常の順番待ちとなり、結果判明が8月にずれこんだ。休暇中だった所長は その結果を旅先で聞いたという経緯が説明されています。所長が旅行中だったという点は共通しています。H5N1型だと突き止められた後に、香港から直接サンプルを取り寄せたが、それもH5N1型でした。

 これなら、不自然な点はないようにみえますが、香港衛生署が、死んだ男児のサンプルを米国CDCではなく、WHOの指定機関でもないオランダに送ったのかという疑問が残ります。それに、ウイルスを特定できないまま 2ヶ月も放置していたのが、米国CDCからオランダ国立インフルエンザセンターに変わっただけです。

 ところで、CDCの再検査でもH5N1が検出された後も、CDCはH5N1型ウイルスがどこかから紛れ込んだとの見方を捨てておらず、特に香港衛生署でH5N1型が混入した可能性を疑っていました。しかし、これは福田敬二(後WHO事務局長補代理=今回の「豚インフルエンザ」で予防対策を指揮)の調査によって否定されました。(ジーナ・コラータ「インフルエンザウイルスを追う」ニュートンプレス2000)さらにその後の福田敬二らの調査でも、死んだ男児の家族、
隣人、保育所の関係者からはH5型ウイルスは検出されていません。結局、男児はどこでH5N1型ウイルスに感染したのかわからず仕舞いでした。

 では、男児の死因は鳥インフルエンザだったのでしょうか? いいえ、香港の担当医はライ症候群だと診断していました。(ジーナ・コラータ「インフルエンザウイルスを追う」ニュートンプレス2000)このように、死亡した男児が鳥インフルエンザに感染していたかどうかは非常に疑わしい状況です。

 つまり、米国CDCインフルエンザ研究所のコットン所長が当初から疑っていた香港衛生署での混入(意図的?)の疑いが残っているとすれば、1997年に香港で起きた、鶏7000羽が H5N1型インフルエンザウイルスで死んだことと、3歳児がライ症候群で死んだこととは無関係の出来事だと考えられます。「世界初の」鳥インフルエンザのヒトへの感染は、2つの事件を 巧みに組み合わせた捏造の疑いが極めて濃厚です。

 当時の香港衛生署の署長は、現在WHO事務局長として今回の豚インフルエンザ対策の責任者となっているマーガレット・チャンです。彼女はこのときの功績が認められて、中国政府の支援により、2006年にWHO事務局長というポストを得たとされています。(毎日新聞 2006年11月8日 19時59分)「このときの功績」とは何でしょうか? 死んだ男児の検体を 正式ルートである米国CDCではなく、オランダに送ったことも「功績」?

 興味深いのは、福田敬二らの調査で、男児の周辺 9人からH5N1に感染歴があることを示す抗体が見つかり、さらに養鶏場関係者 29人中5人がH5N1型に感染していたことが判明していますが、誰も発症していないことです。(ピート・ディヴィス「四千万人を殺したインフルエンザ」文藝春秋1999)つまり、鳥インフルエンザはヒトにも感染することがあっても、発症はしにくいことを示しています。「鳥インフルエンザがヒトに感染したら大変だ」という思い込みを裏付けるデータは、極めて疑わしい、死んだ男児の検体だけです。

 ウィキペディア「H5N1亜型」では、この年、6人が 鳥インフルエンザで死んだことになっています。具体的な症例を「四千万人を殺したインフルエンザ」から検証してみます。一人目と2人目の死者の間には半年もの時差がありました。(●が死者を示す)

2人目:2歳男児(ケネディタウン)。11月6日に発症、香港衛生署で H5N1型感
染を確認したが2日で退院。

3人目:37歳男性(九龍)。11月17日発症、

●4人目:13歳女性(新界・馬鞍山)。11月20日発症、11月21日 肺炎、多臓器
不全で死亡。

●5人目:54歳男性(九龍)11月24日発症。11日後肺炎で死亡。
※12月初旬、ロブ・ウェブスター、福田敬二が 検体採取のために香港到着。3
週間滞在)

6人目:24歳女性(全湾)12月4日頭痛など発症。数ヶ月ICUへ。翌年4月退院。

7人目:5歳女児(鴨利洲)12月7日発症。

8人目:6歳女児(九龍)12月7日発症。

9人目:4歳男児(全湾)12月10日発症。

10人目:2歳男児(鴨利洲)12月12日発症。

11人目:19歳女性(全湾)12月15日発症。3度入退院を繰り返し翌夏回復。

12人目:1歳男児(九龍)12月16日発症、数日で回復。

13人目:3歳女児(新界)12月16日発症、12月末に退院。

●14人目:60歳女性(新界)12月16日発症、12月23日死亡。

●15人目:25歳女性(元朗)12月17日発症、1月中旬、急性呼吸不全と 肺炎で
死亡。

●16人目:34歳女性(九龍)12月17日発症、1月、肺水腫で死亡。

17人目:14歳女性(九龍)12月23日発症、組織球増殖症を併発

18人目:3歳男児、12月28日発症。


 注目は、2人目の2歳男児です。「四千万人を殺したインフルエンザ」の中では、この男児の場合だけ、H5N1型に感染していたことが確認された経緯が説明されています。しかし、彼は2日で回復しています。その他の16人の事例では一切、ウイルス特定の経緯は説明されておらず、彼らがH5N1型に感染していたかどうかは確認できません。

 この香港での流行以前は、H5型インフルエンザはヒトには感染しないと考えられていました。ところが、それで死者が出たというので大騒ぎとなったわけですが、ここで当時から既にささやかれていた大きな謎があります。ヒトが感染したH5N1型インフルエンザウイルスは当然、鶏ないし家禽類から感染したと推測されます。ところが、ヒトでの感染が続出していた12月中旬まで、香港では鶏にも家禽類にもインフルエンザは流行していません。なぜ、このとき鳥インフルエンザはヒトだけに感染したのでしょうか?

 香港で鶏の間にインフルエンザが流行し始めたのは12月下旬からで、鶏での流行はヒトの流行の後なのです。死者はすべて鶏の感染が始まる前に発症しています。これでは、H5N1型ウイルスは鶏からヒトに感染したようにみえます。さらに奇妙なことに、12月28日に香港政庁が香港のすべての鶏、家禽類を殺処分すると発表したとたんに、ヒトの感染者もぱったり途絶えています。12月28日は鶏を殺処分するとの発表があっただけでした。香港中の鶏120万羽、家禽類40万羽をすべて処分するには数日を要しています。なのに、なぜ発表と同時にヒトの感染も止まったのでしょうか? これは、鳥インフルエンザの 流行に何か人為的な操作が加えられている可能性を示唆しているように思えます。死亡した5人の症状をみると、最初の男児と同様、ライ症候群が 疑われます。1997年末の鳥インフルエンザの流行も怪しさに満ちています。

 ここで、問題の人物が二人います。この当時、「鳥インフルエンザが既にヒトへの感染能力を獲得している」と主張していた専門家は、世界中で、WHOの「鳥インフルエンザウイルス共同研究センター」所長のロブ・ウェブスターと香港大学のケネディ・ショートリッジの二人だけでした。豚が鳥とヒトの橋渡しをしているとの説です。ショートリッジはさらに、鳥インフルエンザの震源地は アジア、特に 中国南部であると主張していました。(ジーナ・コラータ「インフルエンザウイルスを追う」ニュートンプレス2000)1997年の暮れ、この二人は香港で大活躍しています。香港での調査には、米国CDCが福田敬二を含む7人の研究者を派遣した他は、ウェブスターが単独で参加しています。ウェブスターは早速ショートリッジと合流、「鳥インフルエンザのヒトへの感染」を信じる二人が鶏の感染ルートを、CDCがヒトの感染ルート解明を 分担することになりました。2人は、鶏から採取した検体の培養と解析を行っていますが、その直後、新界の養鶏場と長沙湾卸売市場で家禽類に感染が始まっています。

 ヒトと鶏のインフルエンザがパラレルで拡大したことで、マスコミの報道も過熱していきました。ウェブスターはこの過熱報道を利用して、鶏・家禽類の殺処分を香港政庁に提案、12月28日に香港政庁は香港市民、特に市場関係者の反発を押し切って、鶏・家禽類の殺処分を発表しました。

 こうしてみると、鳥インフルエンザの流行は、ウェブスターとショートリッジにとって、自説を証明してみせる絶好の場だったということになり、実は待ち望んでいた事態だったということになります。鳥インフルエンザウイルスを手にしている彼らには、それをばらまく動機さえあったと言えそうです。

 12月22日に香港での検体採取が始まりましたが、マスクをして作業していたウェブスターは、ある日同僚から「必ずしも防御にならないのでは?」と聞かれ、「ならない。だが、あれば気が済む」と答えています。(ピート・ディヴィス「四千万人を殺したインフルエンザ」文藝春秋1999)ウェブスターはこのとき既に、香港のウイルスがヒトにとっては心配無用だと知っていたのではないかと思われます。今回の豚インフルエンザ騒動での新藤奈邦子のように。(第20回、GEN731

 鳥インフルエンザに感染することも恐れなかったウェブスターは、一方で「このウイルスは1918年のウイルスに似ている、と私は確信している」と
語っています。(ピート・ディヴィス「四千万人を 殺した インフルエンザ」文藝春秋1999)

 自らの調査で、H5N1型ではヒトは発症しにくいことを確認していたはずの福田敬二も、香港での鳥インフルエンザ騒動に対し、そのことには触れず「普通ならインフルエンザで死ぬはずのない人たちが死んでいる。しかも、死んだ人の大半は、ウイルス性肺炎の場合とほぼ同じ症状を示した。というわけで、1918年の『スペインかぜ』の状況にきわめて似ている。」と発言しています。しかし、1997年の鳥インフルエンザと1918年のスペインかぜが、どちらも解熱剤によるライ症候群の発生と考えれば、ウイルスの型には無関係に、症状が似ていても不思議ではありません。

 それまで誰も(二人を除いて)信じていなかった鳥インフルエンザのヒトへの感染は、このような実に怪しげな経過をたどって、世界の注目を集めるようになったのです。さらにこの後、スペインかぜで亡くなった人の遺体がアラスカの凍土から発掘され、鳥インフルエンザとスペインかぜの関係がますます強調されることとなりました。

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■「現在WHO事務局長として今回の豚インフルエンザ対策の責任者となっているマーガレット・チャン」を筆頭として、あやしい連中ばかりだ。
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