プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足4

■自分や家族などの いきしににかかわること、とりわけ収入・支出であれば、相当程度「優先順位」は整然としているはずだ。■いや、むかしとはちがって、大衆の大半までもが、うえるという事態におこいまれない現代社会のなかでは、なにをたべるか、なにをきるかなどは、多分に趣味の次元に属しているかもしれない。
赤坂真理『モテたい理由』にならうなら、おおくの女性は、男性から いかに愛されているか(いわゆる「モテ」)を誇示する同性間の競争をいきぬき、おおくの男性は、業界内での地位向上やマニアックな趣味などを誇示する、これまた同性間の競争をいきぬく宿命にあるといえるかもしれない。■これらの同性間競争(ライバル関係)は、それこそ多様に分化しているだろうが、それぞれの空間内部では、それこそ にたりよったりの 金太郎飴状態にあるのだとおもう。それこそ、各空間のなかで、差異化競争がくりひろげられていても、外部の第三者からすれば、「ほとんどおんなじ」状況なのではないか(笑)。■今月初旬にかいた「『本能』の政治性(某ブログから)」のなかで、社会学の基本的視座として「ある社会的属性は、統計学的な想定範囲を相当限定してくれる」を指摘しておいたが、それを援用するなら、ある属性の男女は、かなり にた趣味によって、日常的な衣食住文化を実践しているってこと。■極貧状態で調達できる消費財が極限されているばあいはともかく、ちょっとでもユトリがあれば、そこの個々人・小集団の趣味が反映されるはずだが、それでも、それは社会的に構造化されて、属性ごとに大半が想定範囲におさまってしまうだろう。

■したがって、ここ数日つづけてかいてきた 非営利的な行動にふみだす方向性も、社会的属性が「統計学的な想定範囲を相当限定してくれる」だろうとおもわれる。かなり趣味的にバラけるはずの生活文化が、属性ごとに かなり限定されているんだから、非営利的な他者へのはたらきかけは、一層限定されているだろうとね。

■たとえばアメリカ(ヨーロッパではなく)の中産階級の保守的部分なら、教会に熱心にかよい、そこでチャリティやらバザーがあれば、よろこんで集金活動に協力するだろうとか、日本列島上の新宗教の信徒なら、教団上層部からお布施等の指示があれば、熱心に協力するだろう…とか。
■そして、すくなくとも、一部の新宗教の教団上層部は、こういった信徒たちの熱心さを充分「計算」したうえで、集金装置・集票組織として組織を利用している。旧ブログでとりあげたようにね。たとえば、その一部である「宗教者のハマる「おとしあな」(原理運動だけじゃなくて)」や「カルトな組織をみきわめるために」などでかいたとおり、「世俗的な意味で人的・経済的収奪が合理化されているかどうか、それらが血縁など少数の特権的な層に利益が独占されているかどうか」で、それは立証されるだろう。宗教法人とか教団といった外観をとってはいるが、信徒から収奪することが主目的の支配装置なのだってね。
■自分の私的な行為、公的性格をもっていても営利行為であることについては、経済学的な倹約原理がはたらく。つかえる資源がかぎられているっていう自覚が自分にあるからね。■しかし、ことボランティアによる献身的な行為となると、かなりの程度自己犠牲的な性格がいろこくなる。新宗教のなかでも、あきらかにカルト教団といえた、オウム真理教であるとか、そういった組織は、総じて信徒たちの常軌を逸した献身を要求したし、それを収奪することで、巨大なエネルギーをためこんだといえる。

【2008/01/31 08:55追記】
■教団にはかぎらないが、自分の経済的・政治的利益がない(すくなくとも主観的に、そして公的にも)のに、非営利的行為をひきださせる動因とはなんだろうか? ■それは、何度か「優先順位」問題でとりあげきたとおり、「あとまわしにしては、まずそうな課題」という優劣問題が各人にあって、そのなかの序列競争で順位がたかいものとして、ある特定の非営利的行為がえらばれたということだろう。■宗教団体や政治結社など、主観的・公的に非営利的であるとされる団体への個々人の参加=組織からみれば動員は、「募金」同様、優先順位問題で相対的勝者となったということができる。「損得ぬきに、やりたい」という主観をひきだすだけの魅力ということだ。
■そういう意味では、成功した(ある程度以上の規模と継続期間という次元で)教団や結社というものは、人口比ではかならずしもおおきい集団をなすわけではない、特定の属性をもつ層にむけて、適切なマーケティングを内部化した組織なのだとおもう。最初期の創立者やその周辺が、かりに自覚的にマーケティングができていなかったにしても、運営作業がすすむにつれて、徐々に無自覚な体得、ないし自覚的な戦略・戦術がうまれ、継承されていくんだろうとおもう。■つまり、それらは商品を提供して営業していく営利事業と本質的にはかわりがない。それが非営利的な業務であって、かかわるひとびとにとって経済的利益があがらないにしても、「集客」能力をもちあわせて、一定以上の規模と継続期間をたもつかぎり、そこには、人口比ではかならずしもおおきい集団をなすわけではない、特定の属性をもつ層をたばねて、組織が存続しうるだけの人材・資金をあつめるだけの「吸引力」があったということ。■いいかえるなら、ほかにもいろいろあるだろう 非営利団体の「吸引力」にまさるだけのなにかをかかえることに成功し、それを一定以上の期間継承しつづけられたということだ。

■そして、そういった非営利組織の「魅力」「吸引力」の重要な部分とは、存在証明/自己実現/自己満足といった「個人的利益」を提供することだとおもわれる。なにしろ、経済的・政治的に、あからさまに得になるといった要素がないのに、ひとびとがあつまるわけだから。■かりに、それが「窮状にある●●のひとびとに支援を…」といったスローガンが政治経済的に正当なものであるとしても、正論というだけでは、ひと・資金はあつまらないのではないか? だって、世間をみまわしてみても、どうみても正論だとおもわれる課題提案に全然ひとびとが呼応せずに、みごろしにするって、ヤマほどあるじゃないか? ■その意味では、非営利組織が成功するかどうかは、ヒトや資源を動員できるだけの「魅力」のあるなしであり、その「魅力」の相当部分は、たとえば 「無自覚な やすっぽい同情心を義憤と誤解させる論理ネジレがくみこまれている」とか、「無自覚な名誉心・権力欲求などを正義の発動と誤解させる論理的飛躍がすりこまれている」といった、カラクリがあるんじゃないかとおもう。
■非営利団体のはずの、労働組合・宗教団体・学校法人・福祉法人などが、事実上指導者たちやその一族の経済的・政治的利益に供されているなんてカラクリも、これらと きりはなせない構造ではないか?■その意味では、こういった非営利団体の指導者たちの一部は、組織運営の初期には、そういった利害を意識していなかったにしても、運営をつづけるうちに、これらの「うまいしる」にきづき、ついには意識的にマーケティングを実行するようになる。もはや非営利団体の所期の目的は、自分たちの利潤追求や政治的支配の実態をかくすためのカムフラージュとい、本末転倒(腐敗)へと転落していくんじゃなかろうか?■その意味では、以前指摘したような、どうみたって研究者になれっこない層を勧誘して「高学歴ワーキングプア」にしたてあげたすえに責任放棄してしまう、文系博士課程関係者と同様、非営利をよそおった詐欺集団なんだとおもう。【つづく】
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コメント

おばんです。
アイヌモシリ(蔑称「北海道」)にすむ、某政令指定都市在住の田舎者だべさ。
つい先日、以下の森山操という人物をまつりあげる集団にまきこまれかけたべさ。

http://moriyamamisao.org/moriyama/

そのとき言われたことには、その森山操という人の講演があるそうで、

10月17日(土)
午前10時開場10時30分開演~午後3時終了
東区民センター別館集会室C
(地下鉄東豊線「東区役所」下車4番出口より徒歩5分)
資料代1500円

とのことですが、このオレの書き込みは、参加しない様にとのよびかけの意図だべさ。なまら注意してほしいべや。

某団体と「おなかま」「おともだち」ってことですよね…

http://www.uc-adachi.com/nyusubacknanba/20090711_news/20090711_news.html

■いや、ヒマと自信が そなわっているかたがいるなら、情報収集とか、つつがない集会とかの阻止とか(=被害者救済の好機のはず)とか、いろいろ かんがえるべきことは、ありえますよね。■実質「ブラック企業」であることをカムフラージュする戦略・戦術同様、このての御仁たちが、どういった策動をして、どういった層を支配しているのかとか、かくされた社会問題だとおもいます。東京都あたりで、日の丸・君が代をおしつけようと、面従腹背って、逃避が可能ですけど、こういった集会に動員されて洗脳をうけたばあいは、「脱会」がタイヘンそうです。

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