プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足2

■要するに、政府・自治体のような巨額の資金を運用する組織でさえも、その配分の権限で権力をにぎっているぐらい「不足」しているのが、市場原理にのらない領域。ビル・ゲイツ氏級の大富豪が慈善事業などを多数並行しても、世界中の解消すべき諸問題の大半はかたづかない。■もともと、問題をつくりだし、不安をあおることを商売ネタにしている連中がいるぐらいだから、この絶対的な「不足」状態がなくなるはずがない。

■そうなると、「手弁当でいきましょう」系か、「募金しましょう」系が一般の民間人にとって実現可能な非営利的貢献ということになる。■でもって、ほとんどが「やけいしに ミズ」状態なのだが、「だまって 放っておけるか…」式の人士が、少数ではあるが、かならずあらわれるわけだ。■世界中で展開されるNPOとか募金運動は、こういった土壌のもと大発生してきた。

■でもって、重要なのは、資金も人材も、ものすごくかぎられた「希少財」だという点。大富豪の財団や政府・自治体などの巨額の資金がないだけに、当然、それら以上に「一点主義」になるほかない。■「なにを目的にするのか?」という問題は、「どの課題が優先順位としてたかいか?」「自分たちのもつ資源でなんとかできそうなのは どの課題か?」ということと、きりはなせなくなる。 ■当然、「なんとかできそうな」課題における「優先順位」には、関係者をとりまいた偶然や関係者の趣味がまとわりつく。■心理的コスト等でおもたいものをあげるなら、「NPOのスタッフとして▲▲地区に長期間すみついて、難民のサポートをする」といったもの、かるいものでいえば「日本では移植手術ができない●●ちゃんをすくうために募金を…」といったものが、あげられるだろう。
■しかし重要なのは、どんなコストの差があろうと、それらすべてについて、偶然や趣味ときりはなせない「優先順位」意識がからみ、そのなかの取捨選択になるという現実だ。「▲▲地区」であろうと「●●ちゃん」であろうと、渡航や募金を決断させる「動機」が必要なのだ。なぜなら、再三くりかえしたとおり、われわれは全知全能でなく、資金と人脈と情報、そして人生や元気にかぎりがあり、ごくわずかなことしかできないことが、わかりきっているからだ。■たった一回きり、封筒に数百円カンパするだけならともかく、募金対象がたくさんの「▲▲地区」「●●ちゃん」になっていけば、富裕層以外困難になる。■もともと、カネがらみの世界だって、ワイロなどは、ラクではない捻出によってうみだされてきたのだった。そういった、欲得ずくの世界でさえも、必死にひねりださねばならい資金や行為である以上、あいてがよろこんでくれるような成果となるような援助をボランティアでださせるには、「なみだ」などをともなった感傷にうったえる戦術がどうしても必要になる。■「優先順位」をほかのライバルたちのなかから、あげるために。

■だからこそ、危険な地域への助成事業のばあいは、ほとんど宗教的な献身を使命と感じる、えらばれしひとびとがむかったわけだし、難病などの手術費用などの募金は、「●●ちゃん」が、かわいいとか、かわいそうといった涙腺に焦点をあてたキャンペーンとなった。■複合形は、「定期的に送金する里親になりませんか?」系のキャンペーンである。

ウィキペディア○○ちゃんを救う会」から。

日本において、臓器移植のドナー(臓器を提供する側)となることが出来るのは臓器移植法によって臓器移植に同意する意思が必要であるが、意思を遺言として表明することが出来るのが民法第961条により15歳以上となっており、15歳未満の者はドナーとなることが出来ない。レシピエント(移植を受ける側)には年齢制限がないものの、レシピエントが乳幼児の場合、身体の成長・臓器の大きさの関係から極端に年齢の違うドナーの臓器を移植するのは困難である。そのため、同程度の年齢のドナーが確保できるアメリカなどの日本国外に渡航し、そこでドナーが現れるのを待って移植手術を受けることが必要になる。

しかし、日本では難病に対する公費負担制度は給付対象を日本国内での治療に限っており、健康保険制度の適用も難しいため、入院から手術を経て退院までの費用やその間の両親の日本国外での滞在費用を計算すると数千万円~1億数千万円程度の費用がかかるとされる。これほどの高額になると、一般には全額を自己負担するのは難しい。そのため資金調達方法の一つとして募金という形を取らざるを得ないケースがある。

募金の形式を取る際には目標額が決められているのがほとんどである。「○○ちゃん」は、乳幼児ということで周囲から同情を誘いやすい面もあり、場合によってはマスコミに大々的に取り上げられることもある。
……


■この記述につづく、「問題点」については、ひとまずおこう。■募金に不正などがいっさい存在せず、関係者が全員善意だとしよう。それなら、全然問題はないか?■そうはおもえない。

■(1) 1億円前後という巨額の資金が、ひとりのコドモのために集中される。それは、かぎりある資源を「なんとかできそうな」課題に集中するという構造として当然のようにみえる。■しかし、これらのキャンペーンが功を奏するのは、有名人が着目してマスコミがさわぐとか、かなりの程度偶然によっている。いわゆる「難病」にかかっているコドモが「かわいい」とか「かわいそう」といった、同情をあつめる構図ができあがらないと、目標額などあつまりっこない。■では、そういった大量の同情をあつめることができなかったコドモたちは、「権利」をえられなくてもしかたがないのか?
■(2) 1億円前後という巨額の資金が、ひとりのコドモのために集中されるという構図は、同時並行的に、きびしい状況をいきぬいている、難民や被災者、おびただしいかずの障碍者や慢性病患者たちよりも、「優先順位」がたかいとされているということだ。■税金でもってサポートしきれないという意味で、同列なはずだが、一方はかなり多数で無名、他方は少数で著名という、ただそれだけで後者が当然のように優遇されていいのだろうか?■すくなくとも、NPO/NGOが支援にはいりこんでいる第三世界の難民などにとって、1億円というのは巨額の資金であり、それで何百人もの人命がすくえるはずなのだ。■これは、前回ひいた ましこ・ひでのり『たたかいの社会学』8章が、移植手術や昭和天皇危篤時をとりあげている点とかさなる。

■これらは、どうみても、冷静な状況とはいえない。マスコミのさわぎぶりなどは、「崖っぷち犬」救出劇などの騒動と大差ないからだ。■「手術をしないと死んでしまう」ことのみを強調するが、「手術を行った後にどうなるか」等のことを一切説明していない」といった姿勢ひとつとっても、「人命をすくう自分たちはあったかい」という自己満足の装置として、対象をえらびたしたとしかおもえない。
【つづく】
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米国で治療中の多臓器移植の男児が死亡(産経)

米国で治療中の多臓器移植の男児が死亡
2008.9.29 10:25

 腸などが正常に機能しないヒルシュスプルング病類縁疾患を克服するため、米国で多臓器移植手術を受けた名古屋市の各務宗太郎君(9)が29日午前(現地時間28日午後)、入院先のニューヨークの病院で呼吸不全のため亡くなった。支援団体に29日、連絡が入った。
 宗太郎君は生まれつき胃や腸が働かない病気で食べ物の消化ができず、移植を受けないと危険な状態となるため、募金で集まった約1億5000万円で渡米、3月に多臓器移植手術を受けたが、その後の治療が長引き募金を再開していた。
 支援団体「そうたろうを救う会」の梶浦祐樹代表は「言葉がない。連絡を受けて頭が真っ白になった。悔しい」と話した。

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