■オリンピックが政治性をおびるほかないことは、
旧ブログだけでなく、今回のチベット騒動がらみでも、このブログで
再三とりあげた。■何度かのべたとおり、オリンピックのような巨大な国際大会が、政治から自律した純正スポーツの祭典になることは、構造上不可能なのだ。■しかし、国家はもちろん、メディアの大半は、「スポーツに政治をもちこむな!」式の論調をくりかえし、大衆の相当部分は、それに洗脳されているようだ。巨大スポーツ・イベント自体が巨大な政治である以上、そこに もちこまれるべきでないとされる「政治」とは、いかなるものなのか、きいてみたい気がするが、今回の報道もその典型例だ。
■まずは、『東京新聞』の記事。
長野聖火リレー混乱
誰のため…怒り消えず
2008年4月27日 07時11分

ランナーの周囲を警察官が取り囲み、
厳重な警備体制で行われた聖火リレー
=26日午後、長野市内で
雨降る長野市内を巡った北京五輪の聖火リレーが二十六日、終わった。日本各地から集まった中国人とチベット支援者らが応援と抗議で火花を散らし、外野に置かれた地元市民から十年前の長野五輪のような歓迎ムードは吹き飛ばされた。「政治」に振り回された「地元不在」のリレー。いったい誰のため、何のためだったのか。
沿道に地元住民の姿は少ない。代わりに埋めたのは、中国やチベットの旗を掲げた人たちと、彼らの怒号や小競り合い。
長野市内の土産物店に勤める高山善行さん(41)は「平穏で楽しめるリレーであってほしかった。残ったのは『騒ぎ』と『迷惑』だけ」と言い切った。
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