プロフィール

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評
メール:sociologio2007@yahoo.co.jp

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北京オリンピック、ハンセン病患者など入国禁止措置

■某メーリングリストからの転載。

……以下転送・転載歓迎です!

北京五輪の件、ようやく盛り上がってきました。以下のサイトをご参照ください。


朝日新聞 ───────────────────

 北京五輪ハンセン病患者入国禁止」 撤回求める声続々
 2008年6月22日1時30分
 http://www.asahi.com/national/update/0621/OSK200806210110.html

 北京五輪中「ハンセン病患者は入国禁止」 組織委に抗議
 2008年6月20日12時29分
 http://www.asahi.com/national/update/0620/TKY200806200152.html


読売新聞 ───────────────────

 北京五輪ハンセン病患者などの入国禁止条項
 2008年6月21日
 http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080621-OYT8T00232.htm

 北京五輪ハンセン病患者「入国禁止」、支援者ら猛反発
 2008年6月21日
 http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20080621-OYS1T00198.htm

 五輪期間、中国がハンセン病患者入国禁止へ…支援者ら反発
 2008年6月20日22時10分
 http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/news/topic/national/news/20080620-OYT1T00739.htm

 北京五輪ハンセン病患者「入国禁止」、中国に撤回要求へ
 2008年6月20日
 http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20080620-OYS1T00452.htm

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タグ : ハンセン病 北京五輪 差別 入国拒否 排外主義

キルドーザー事件(2004/06/04)

■ウィキペディアから【リンクは取捨選択】。

キルドーザー事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2008年3月10日 (月) 18:39; 0null0 (会話 | 投稿記録) による版
(差分) ←前の版 | 最新版を表示 (差分) | 次の版→ (差分)

キルドーザー事件は、2004年6月4日にアメリカ合衆国のコロラド州グランビーにて発生した大規模な破壊活動である。キルドーザー(Killdozer)の仇名は、シオドア・スタージョンの1944年の小説「キルドーザー」から取られている。


事件の経緯

原因
事の発端は、2000年にこの町で自動車修理業を経営していたマービン・ヒーメイヤーが、市役所に対して“隣接する土地にコンクリート工場が建設されると、溶接工場の看板が道路から隠れる”と市の計画に反対したことから始まった。

「町の景観を守ろう」というマービンの建設反対運動には賛成する市民も現れ、2001年には市を相手取り訴訟を起こしたが、敗訴してしまう。それでも反対運動を続けたマービン達だったが、2年後の2003年に地元の新聞社・スカイハイニュース社がマービンを始めとする市民達を非難する記事を自社の新聞に掲載した為、反対運動に関わっていた市民達は次第に運動から離脱していき、婚約し既に同居していたマービンの恋人も、彼の元を去ってしまった。

また、市がマービンの店舗を抜き打ちで立ち入り検査し、設備の不備を理由に罰金と業務改善命令を出した。マービンがこれに従わなかったため、市は彼の店に対し業務停止命令を下し、営業停止の処分とした。

結局市によってコンクリート工場は建設され、更に翌年の2004年3月にはマービンの父が死去し、マービンは孤立し追い詰められた。こうして、彼の復讐の計画が始められることとなった。


ブルドーザーの改造
手始めに、マービンはオークションに出品されていた小松製作所製D335Aブルドーザーを購入。厚さ1cm以上の鉄板とコンクリートによって外装を補強した。更にビデオカメラとモニターを6台搭載し、密閉された内部からでも外部の様子が分かるようにした。こうして、2ヶ月後の5月末にキルドーザーが完成された。

事件後に調べられたところによると、キルドーザーは内部からも溶接され、外に出られないようになっていた。

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女子中高生に増えるスラックス派(毎日)

<制服>
女子中高生に増えるスラックス派

5月23日13時1分配信 毎日新聞


スラックスを「選択制」で採用した昭和女子大付属昭和高

スラックスを「選択制」で採用した昭和女子大付属
昭和高。校内ではまだ少数派だ=東京都世田谷
区の同高で、清水優子撮影


 今春、札幌市の中学校が女子全員の制服をスラックスに統一した。スカートとの選択制を採用する学校が少しずつ増える中、夏の一時期を除いた、ほぼ「完全義務化」に踏み切ったのは全国でも初めてと見られる。女子のスラックス制服は広がるのか。【清水優子】

 札幌市立南が丘中は、今春入学の女子からスラックス制服の着用を義務づけた。スカートは夏季の約3カ月半のみ認めた。

 最大の目的は「健康管理」。冬の女子の登下校スタイルは素足にソックスか、短めのスカートの下にジャージーをはく「はにわルック」が定番。佐々木穣(みのる)教頭は「本当は寒いのに我慢する姿は悲惨。はにわルックはみっともなかった。体に影響する恐れもあり義務化した」と説明する。アンケートでは「足が冷えずいい」「動きやすい」「暑い」など賛否両論が寄せられたが、おおむね好意的だった。

 冬季(11〜3月)限定で義務化したのは新潟県立久比岐高(上越市)。06年4月の開校当初からだ。小林勝也教頭は「海風が強い地域性のうえ、選択制では定着しないと判断したようだ」と説明
する。当初、一部生徒が「ダサい(格好悪い)」などと反発。駅でスカートにはき替える女子も現れたが、今は受け入れられているという。

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テーマ : 気になったニュース - ジャンル : ニュース

資源消費という次元でくらべれば、農産物/畜産物/魚介類は連続体である

「人間とは、肉をたべるベジタリアンのことだ」というのは正論だとはおもうが…」の補足記事であり、同時にそれへのトラックバック記事「わたしたちは、わたしも あなたもベジタリアンだ」および「畜産物と農産物は、質的に ちがうものだ」への暫定的回答。

■誤解のないように最初にことわっておくと、たとえばウィキペディア「肉食と環境・食料問題」のつぎのような記述に、異論はない。

牧畜は、大量の資源を消費する。特に、直接間接を問わず水資源の消費が膨大である。例えば、小麦を1キロつくるには2トンの水が必要で、10キロの小麦から1キロの牛肉が採取できるため、牛肉1キロを生産するには20トンもの水を使用している。

実際に大規模な畜産業が発達しているアメリカでは牛肉を大量生産するために地下水を大量に使用している。オガララ帯水層はこの牛肉生産を支えるための穀物生産により急激に水位が低下している。このように肉食は環境破壊へつながる場合がある。また他国から食肉を輸入する国は、すなわち水資源を輸入しているのと同じことになるため関連がある(仮想水)。

一方、先述の様に肉を得るにはその10倍の重量の穀物が必要であり、単純に考えて肉食は直接穀物を食べるのに比べて1/10の数の人間しか養えない事になる。特に欧米の大規模畜産による穀物の大量消費は食糧問題の観点からも問題になっている。

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テーマ : 環境・資源・エネルギー - ジャンル : 政治・経済

恐怖感の除去は、いつも善か?

■10日ほどまえの『東京新聞』の記事。

恐怖記憶を書き換える
 神経伝達抑える受容体を特定
  PTSD治療短縮も

2008年5月13日


 強い恐怖体験などで起きる心的外傷後ストレス障害(PTSD)。エクスポージャー(暴露)療法とよばれるカウンセリング治療があるが、つらい記憶を何度もたどらなければならない。東京農業大の喜田聡教授は、恐怖体験が癒える過程で働く受容体をマウスの実験で突き止めた。この受容体を活性化すれば、治療期間を大幅に短縮できる可能性があるという。米の専門誌ラーニング・アンド・メモリーで発表する。 (永井理)

恐怖記憶を書き換える

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イロは、先入観をもたせる強力な手段

■『日経ビジネス オンライン』連載の、伊東 乾の「常識の源流探訪」から、「イロの詐術に気をつけろ! 意識の死角とマインドコントロールの技法(CSR解体新書39)」に着目。 ■伊東乾氏は、マルチ商法などを、裁判員制度でさばくばあい、色彩イメージを悪用した検察などによるマインドコントロールが心配される、といった警告を発しているのだが、微細な論点はともかく、ちょっとびっくりしたのが、氏の提示する、ふたつの図の印象の歴然とした差。

詐欺の構造を可視化する2

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テーマ : みんなに紹介したいこと - ジャンル : ブログ

生活保護費奪われ餓死寸前 親族暴行で64歳死亡 福岡(朝日)

■先日の『朝日』の記事を、Google検索結果でリンクして記録。■ただし、個人名をあげる必要性を感じないので、全部ふせる。

生活保護費奪われ餓死寸前
 親族暴行で64歳死亡 福岡

2008年04月19日03時00分

 福岡県嘉麻(かま)市で今年1月、生活保護を受けていた一人暮らしの女性(64)が、親族の男(26)らに暴行され、死亡する事件があった。県警などの調べで、男は約1年半前から生活保護費を取り上げていたことが分かった。唯一の収入源を絶たれた女性は自宅の電気やガスを止められ、餓死寸前の生活を送っていた。行政や地域は、女性の窮状に気付くことはできなかったのだろうか。


生活保護費奪われ餓死寸前

●●さんが暮らしていた家。
かろうじて水道は供給されていたという
=福岡県嘉麻市

 被害者の●●●●さんは、実姉の●●●●被告(75)=傷害罪で公判中=とその孫の●●●●被告(26)=傷害致死罪で起訴=から暴行を受け、死亡したとされる。●●被告は否認している。

 ●●さんの当時の体重は32キロで、やせ細った全身には、暴行によるとみられるあざが無数に残っていたという。

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脳は「入力」より「出力」で覚える(池谷裕二)

海馬研究を軸とする脳科学池谷裕二氏の「潜在“脳力”を活かす仕事術」シリーズ(日経ビジネス)の連載第1回を転載。


【第1回】脳は「入力」より「出力」で覚える
2008年4月7日 月曜日 池谷 裕二
keyword  ライフハック  仕事術  思考法  スキルアップ 

 勉強は教科書を復習するより問題を解くほうが効果的だ──。そんな論文が『サイエンス』誌の2008年2月15日号で報告された。

 米パデュー大学のカーピック博士の研究だ。より専門的に説明すれば「入力を繰り返すよりも、出力を繰り返すほうが、脳回路への情報の定着がよい」ということになる。カーピック博士はよく練られた実験デザインを活用して、この面白い事実を発見した。実験内容は次の通りだ。

 ワシントン大学の学生を多数集めて、スワヒリ語40個を暗記する試験を行う。adahama=名誉、farasi=馬、sumu=毒…といった具合に単語のペアを5秒ずつ提示して次々に覚えさせる。しかし、名門大学の学生とはいえ、40個を一回で覚えることはほぼ不可能である。そこで何度も繰り返して覚えてもらうのだが、この時、学生たちを4つのグループに分けて学習してもらった。

 1つ目のグループには40個を通しで学習させ、その後に40個すべてについて確認テストする。この学習とテストの組み合わせを、完璧に覚えるまで何度も繰り返す。2つ目のグループは、確認テストで思い出せなかった単語だけを選んで学習させる。ただし、確認テストでは毎回40個すべてを試験する。そして、テストで満点が取れるまで学習と試験を繰り返す。

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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

「人間とは、肉をたべるベジタリアンのことだ」というのは正論だとはおもうが…

■hituziさん〔『hituziのブログ 無料体験コース』〕の最近の記事「人間とは、肉をたべるベジタリアンのことだ」という文章は、一見奇矯にみえるけど、実は正論。

……
ベジタリアンを菜食主義者ということがあるが、これは単純な翻訳の問題ではない。それぞれ微妙に ちがった定義である。

ベジタリアンとは、なんらかのかたちで肉食に制限をおいているひとのことである。英語で「まったく肉をたべないひと」は、ビーガンという。ベジタリアンには いろいろと類型があって、サカナは たべるベジタリアンとか、トリ肉は たべるベジタリアンなどがいる。

菜食主義といってしまうと、肉食を完全に拒否しているひとというふうに感じられてしまう。だから、菜食主義者はベジタリアンの一部をさす表現であるとはいえるけれども、ベジタリアンの全体をよびならわす表現には なりえない。ベジタリアンも肉をたべるのだ。肉を まったく たべないベジタリアンもいるということなのだ。

なぜ肉をたべないか。それは、倫理的、宗教的、健康的、体質的、味覚的な理由から、ある肉や あらゆる肉をたべないことにしているのだ。それがベジタリアンの実態である。


そして!

人間すべての本質でもある。

つまり、ひとは すべて、倫理的、宗教的、健康的、体質的、味覚的な理由から たべるものをえらんでいる。すべての食材をたべるひとは どこにも いないのだ。
……

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テーマ : みんなに紹介したいこと - ジャンル : ブログ

「世界で唯一、カネだけが無色透明で、フェアな基準」考

■「世界で唯一、カネだけが無色透明で、フェアな基準ではないか」とのべたのは、日本列島の成人にアンケートをとったら、8わりちかくいきそうな知名度バツグンの企業家である。■この指摘を正論だという議論は、存外おおいことは、検索エンジンをまわしてみるとよくわかる
■もちろん、つぎのような痛烈な批判はある。しかし、ここまで分析的に反応できたひとは、あまりいないようにおもえる。

……
●●はどうやら本気なのである。
それとも、これをして、いさぎよい生き方であると賞賛されたいのか。
むりだね。
どうしてかって。

●●は、金で買えないものがあると思っている。それは、血筋とか、家系、毛並みだという。あるいは、そういったものを背景にした利得、権益がはなからフェアネスを欠いていると批判しているわけだ。
そして、カネだけが、無色透明でフェアな基準である。と。
●●君よ、君の言っていることはまったく正しい。
その通りである。
もし世界が、●●が言うところのカネで買えるものと,●●が考えているらしいカネで買えないものだけで構成されているとすればの話である。

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「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題2

■旧ブログでかいた記事「「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題」の補足。補足といっても、かくべき、というか おもいつきそうな論点は、あらかたかきだしてしまったとおもうので、別のひとのかいた文章の紹介と、それへのコメントを少々。

「解りやすく教える」ことと「学ぶ気持ち」

ずっと以前に同じことを書いた記憶がありますが、大学時代のゼミの先生の言葉で印象に残っているものとして「どんなに高度な内容でも、子供にも解るように説明することはできる」というお話が記憶に残っています。実は、民法の中でも理論法学に近い「不法行為」のゼミで、その中でもはたまた理論的な「故意・過失と違法性」を2年かけて学習していましたが、先生のお話は、難解な理論を具体例などを使いながらとても解りやすく教えていただきました。

そのお話の続きとして、言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」というお話をされていました。内容としては比喩的であり、多少誇張した表現ではありますが、お話されていた内容は「学ぶ意思さえあれば、わかりやすく教えることで、理解できないことは無い」ということが本来伝えたかった内容だと思います。

学ぶ側から、社会経験を経て、ビジネスの世界で教えることが多くなって、「解りやすく簡単に説明できているか」と自問自答すると、まだまだ行き届かないことのほうが多いと思います。
【以下略】


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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足6

■「自己実現」産業は、もちろん、大学・専門学校・カルチャーセンター等の、広義の教育機関もふくまれるだろう。このシリーズでも話題にあげた、人文・社会系の博士課程とか法科大学院なんてのは、詐欺的部分の最たるものだとおもうが、学部教育や専門学校の「専門」とか、カルチャーセンターの提案する「文化」が、たたけば ホコリがでるような あやしげな しろものであることは、いうまでもない。■行政がらみの職業訓練機関を「失業産業」と酷評した評論家がいるが、資格試験にうからせるだの、「きみたちのキャリアをデザインしよう」とうそぶいたり、「自己実現」というなの ヒマつぶし空間の提供など、これらの おおくは、失業予備軍に集団催眠をかけるか、賃金をかせぎだす空間からしめだされた層の「余暇の充実」という意味で、「物語」の提供である。■「自分たちは時間を有効利用している」「自分たちは充実した人生をおくっている」という集団催眠だ。
■これらの「業界」のなかには、女性会社員たちのために「留学」「転職」などを提案する産業もいれておくべきだろう。「あたらしい物語がはじまります」というヤツだ。結婚という人生のリセット以外、つまり、オトコに依存しない「自己実現」がうまくいかないとなやむ女性たちにとっては、いろいろな意味で「そとにでる(=解放)」というイメージが きりふだになるのだから。

■いずれにせよ、これら「まよえるひとびと(=いいわるい別にして、経済活動等で忙殺されていない層)」に、「物語」を提供するのは、前回とりあげたような心理療法とか、「セミナー」のたぐいだけではない。■もっと、ごく普通に、病理現象などは意識しない層むけに提供される、「あなたの あたらしい物語づくり応援します」系の業界がぶあつく存在するということ。

■実は、この「物語」(人生の展開と意味づけ)について、前回紹介した岸田秀氏が、ぴったりの議論〔「小物語の時代」〕を展開している。それも、おなじ『不惑の雑考』におさめられている文章なのだ。■その冒頭では「人間とは物語をつくるという病気にかかった動物である。どんなことをするにも物語が必要なのである。これは集団に関しても個人に関しても同じであって、たとえば創世神話や建国神話をもっていない民族や国家は存在しない。……個人にも、起源の物語は必要不可欠である。個人のアイデンティティとは、自分が自分についてもっている物語である」とのべている(『不惑の雑考』所収,pp.39-40=初出『読売新聞』1983/04/01)。

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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足5

■非営利をよそおった詐欺行為には、20代なかばの青年たちの人生をおおきくくるわせる法科大学院みたいな、国家的な悪質詐欺もあるが、これらは、「法律家というエリートへのパスポートですよ」みたいに、受験者・入学者の経済的利害につけこんでいるから、「欲に目がくらんだ」系の要素が0ではないので、ここではおく。■やはり、非営利的組織をつらぬく「魅力」としては、立身出世みたいな欲得とは別個の次元の社会貢献とか、自分自身の変革とかいった動機がおおきいとおもう。
■その意味で着目したいのは、やはり「自己実現」というマジック・ワード(笑)。■実は、この「自己実現」イメージについては、20年以上もまえに心理学者が「くたばれ「自己実現」!」という痛烈な批判をかいている〔岸田秀『不惑の雑考』所収〕。■初出は1985年の新聞記事らしいが、四半世紀たっても ふるびそうにないので、主要部分(ほとんど大半)を うちこんでおく。岸田先生ごめんなさい。【リンクは、ハラナがかってに追加】

 わたしがかねがねうさんくさいと思っているものの一つに「真の自己」というのがある。この言葉はカウンセリングなどで、誘惑的なコマーシャルのように乱用されている。拙著『幻想の未来』のなかでも述べたことだが、この「真の自己」の思想というのは、要するに、患者が神経症の症状や葛藤に悩んでいるのは「真の自己」を見失い、「偽りの自己」のなかに逃げ込んでいるからであって、「真の自己」を見出し、「自己実現」を達成すれば、すべてはうまくいくという思想である。

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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足4

■自分や家族などの いきしににかかわること、とりわけ収入・支出であれば、相当程度「優先順位」は整然としているはずだ。■いや、むかしとはちがって、大衆の大半までもが、うえるという事態におこいまれない現代社会のなかでは、なにをたべるか、なにをきるかなどは、多分に趣味の次元に属しているかもしれない。
赤坂真理『モテたい理由』にならうなら、おおくの女性は、男性からいかに愛されているか(いわゆる「モテ」)を誇示する同性間の競争をいきぬき、おおくの男性は、業界内での地位向上やマニアックな趣味などを誇示する、これまた同性間の競争をいきぬく宿命にあるといえるかもしれない。■これらの同性間競争(ライバル関係)は、それこそ多様に分化しているだろうが、それぞれの空間内部では、それこそ にたりよったりの 金太郎飴状態にあるのだとおもう。それこそ、各空間のなかで、差異化競争がくりひろげられていても、外部の第三者からすれば、「ほとんどおんなじ」状況なのではないか(笑)。■今月初旬にかいた「『本能』の政治性(某ブログから)」のなかで、社会学の基本的視座として「ある社会的属性は、統計学的な想定範囲を相当限定してくれる」を指摘しておいたが、それを援用するなら、ある属性の男女は、かなり にた趣味によって、日常的な衣食住文化を実践しているってこと。■極貧状態で調達できる消費財が極限されているばあいはともかく、ちょっとでもユトリがあれば、そこの個々人・小集団の趣味が反映されるはずだが、それでも、それは社会的に構造化されて、属性ごとに大半が想定範囲におさまってしまうだろう。

■したがって、ここ数日つづけてかいてきた 非営利的な行動にふみだす方向性も、社会的属性が「統計学的な想定範囲を相当限定してくれる」だろうとおもわれる。かなり趣味的にバラけるはずの生活文化が、属性ごとに かなり限定されているんだから、非営利的な他者へのはたらきかけは、一層限定されているだろうとね。

■たとえばアメリカの中産階級の保守的部分なら、教会に熱心にかよい、そこでチャリティやらバザーがあれば、よろこんで集金活動に協力するだろうとか、日本列島上の新宗教の信徒なら、教団上層部からお布施等の指示があれば、熱心に強力するだろうとか。
■そして、すくなくとも、一部の新宗教の教団上層部は、こういった信徒たちの熱心さを充分認識したうえで、集金装置・集票組織として組織を利用している。旧ブログでとりあげたようにね。たとえば、その一部である「宗教者のハマる「おとしあな」(原理運動だけじゃなくて)」や「カルトな組織をみきわめるために」などでかいたとおり、「世俗的な意味で人的・経済的収奪が合理化されているかどうか、それらが血縁など少数の特権的な層に利益が独占されているかどうか」で、それは立証されるだろう。宗教法人とか教団といった外観をとってはいるが、信徒から収奪することが主目的の支配装置なのだってね。

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優先順位/存在証明/自己実現/自己満足3

■本すじからは はずれるが、売買を禁ずるなど非営利的な善意による交換というタテマエ(「臓器移植法」)にもとづいている「臓器移植」問題について補足しておく。■池田清彦氏らが指摘するとおり、臓器移植の現実は、実態として経済行為にほかならず、しかも市場原理が健全にははたらきようがないという意味で、実にネジれた領域になるほかない。そういった経済学的なゆがみが、「受給者(レシピエント、recipient)」の心理にも確実にカゲをおとす〔池田清彦『臓器移植 我、せずされず』小学館文庫,2000年→角川ソフィア文庫,2006年〕。■経済学的な整理のまえに、池田氏周辺の見解とかさなる心理学者 渡辺恵子氏の指摘をひいておく。

レシピエントの心理
 レシピエント候補として登録された人は、どこかに脳死の人がでて、その人の臓器が自分にまわってくるのを待つことになる。脳死による臓器移植は、一人の人の死の上に自分の生が成り立つという、レシピエントにとっては大変精神的に負担を感じる構図にならざるを得ない。また、レシピエント候補者に対してドナーの数は圧倒的に少ない情況下では、レシピエントに選ばれることは、幸運と云わざるを得ない。したがって、レシピエントはその贈り物をただ受けることになる。ドナーに対しても、移植医にたいしても感謝あるのみで、たとえあったとしても、あからさまに不満を言うことはできない情況であろう。

複雑な思い
 移植を受けるべく待つ間、早くドナーが現れないかと願っていることに気づき、人の死を待つようで自己嫌悪に陥ったという報告もある。また、臓器を提供されて元気になった後にも、複雑な思いがある。多くのレシピエントは、ドナーは生きていなくて、自分が生きていることに罪悪感をいだいていると云われる。ドナーの自由意志からの臓器提供であっても、レシピエントは常に申し訳ない気持ちが心の深層に存在している。移植を受けて元気になり、感謝の気持ちでいっぱいであると同時に、一人の人が亡くなっているという感情が錯綜し、複雑な心情で毎日を送るレシピエントも多い。レシピエントが死亡したり、拒絶反応のため移植した臓器を失ったということを耳にすれば、ドナーは喪失感を味わうであろうという思いももっている。


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