プロフィール

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評
メール:sociologio2007@yahoo.co.jp

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

障害児の教育(公文)

■きのうかいた記事「公教育のメタファー」のなかで、公文(くもん=日本公文教育研究会)が、障害児教育にかかわっている点にふれておいたが、その補足。■ウィキペディアも指摘しているとおり、公文は、公式サイトで「障害児の教育」という公式見解を発表している。

障害児の教育

「ことば」と「数」の力を伸ばす教材でわずかな一歩が、かけがえのない前進に

知能の源である「ことば」と「数」。公文式の教材は、これらの力を個人別に段階を追って伸ばしていきます。このステップは、障害を持つ子どもにとっても変わりはありません。
一人ひとりの子どもが持つ能力を尊重することにより、誰でもできる喜びを持って学習できます。


今できること、ちょうどのこと
それを積み重ねていくことで着実に伸びていきます


 言葉がでない、目が合わない、周囲への興味がほとんどない、多動、…。一口に障害のある子といっても、そのタイプも症状のレベルもさまざまです。「そんな子たちも学習ができるのかしら?」。よくお寄せいただくご質問のひとつです。
 けれども、どの子にも「今できること」「ちょうどのこと」が必ずあります。それを大切にしながら、子どもたちが秘めた能力を見つけ育んでいくのが公文式です。公文式教材は、0歳の乳幼児レベルから大学の教養課程レベルまで、スモールステップできめ細かくラインナップされているため、障害のあるなしにかかわらず、どの子にも「今できる」「ちょうど」の教材があります。その「ちょうど」を積み重ねていけば、障害のある子も着実に伸びていけると考えています。

続きを読む »

タグ : 公文式 障碍 川島隆太 教育 児童

公教育のメタファー

■前便の関連で、おもいついたことを かきとめておく。

■高校、とりわけ公立高校の現場教員の意識のひくさを痛烈に批判する木村先生は、公教育空間(おもに小中高校)を工場・監獄となぞらえている。■すくなくとも、戦後日本の小中高校現場、とりわけ教室という教科教育空間は、校長=工場長、教員=中間管理職、生徒=工場労働者に、暗黙になぞらえた学校文化に支配されており、現在の消費者至上主義の市場原理に完全にのりおくれているという。■この、教員たちの暗黙の前提と、その市場内部での実質的機能についての事実認識については、当座ふみこまないことにする。

■ここでは、あくまで、公教育空間が ほかの諸組織・諸現象をかりることによって比喩(ヒユ)的に表現される際の、隠喩(インユ)ないし直喩(チョクユ)の有効性についてだけ、論点整理したい。■この点にだけしぼっていうなら、公教育の教科教育空間を工場になぞらえるのは、得策ではないのではないかとおもう。
■すくなくとも、「市場が必要としている工作物を納期までにしあげて、配給する」といった過程に対応する機能を、小中学校がはたすことは例外的だからだ。■もちろん、「どんなラインにはりつけられようと、即座にプロセスの意味を認識し、即応できるような心身の練磨」という意味では、現実のオートメーション工場のライン・スタッフの養成所といってよかろう、という指摘は、それなりにただしいとおもうが。

続きを読む »

タグ : 小中学校 教科教育 教員 公立

説明と同意のない公教育サービス

■哲学者の内田樹氏や、教育学者の宇佐美寛氏らは、学生が学習の起点において、学習の到達点や意義を把握していないとみる。

■もちろん、こういった教育論にたつ御仁たちが、みんな一枚岩というわけではない。■たとえば、内田氏/宇佐美氏自体が、教育課程の設計というか、目標を全然ちがうものとしてイメージしてる。内田氏は、教育は結果論であり、学習者はもちろんのこと、指導者も、学習者がどう変貌するかは予想しきれないとみているようだ。一方宇佐美氏は、大学での大規模授業であろうが、明確な指導過程・到達点をイメージし、学生への発問や質疑応答を通じたモニター作業によって理解度を把握しつつ微調整して、イメージにギリギリまで最大多数をおいこんでいく、という教育理念のようだ。■前者が、教員の大多数の実感・実態に即した教育観であり、後者のように、自他にきびしい、緊迫感のある禁欲的な教育観は実態として少数派だろう。
■そして、実際問題、教員志望者など資格取得指向の学生を中軸とした授業空間を前提にした後者と、学習者にそれほどまでに共通した目的意識があるはずのない、教養教育的な空間(いわゆる「お嬢さん学校」など)を前提とした前者とでは、おのずと、「到達点」の設定や過程などにおける、緊迫感が質的にちがってくるはずだ。

続きを読む »

テーマ : 雑記 - ジャンル : ブログ

タグ : 義務教育 教科 合理性 正当性 政府 市民 素養 説明と同意

沖縄戦:小学校の新指導要領解説書に初めて明記(文科省)

■『毎日』の記事を転載。

沖縄戦
:小学校の新指導要領解説書に初めて明記
  文科省

 文部科学省は小学校の新しい学習指導要領(11年度完全実施)の解説書に、初めて「沖縄戦」という言葉を明記することを決めた。高校日本史の教科書検定で沖縄戦での集団自決の記述を巡り、昨年、沖縄県などで強い反発が起きたことを受け、授業でより丁寧に取り扱い児童の理解を深めるのが狙い。「各地への空襲」「原爆投下」についても初めて解説書に明記する。

 解説書は学習指導要領の解釈を示して補足するため、文科省が小中高校の各教科ごとに作成する。学習指導要領とは異なり法的拘束力はないが、各教科書会社は解説書を基準にした教科書の編集をしており、現場での指導にも影響がある。現行の教科書でも各社は沖縄戦などを扱っているが、文科省の方針を受け、記載の充実などの変化がありそうだ。文科省は30日に開く新学習指導要領の説明会で解説書の内容を示す。

 文科省は06年度の高校の歴史教科書の検定で、沖縄戦の集団自決の記述について「日本軍の強制」との表現を認めない検定意見を付け、教科書会社は記述をいったん削除・修正した。しかし、沖縄県民の強い反発などもあり、検定意見の撤回を求める動きが強まったことで政府が方針を転換した。文科相の諮問機関は「軍の関与は主要な要因」との見解をまとめ、教科書の表現では「強制」は認めなかったものの「関与」を認めた。【加藤隆寛】

-------------------------------------------------
■旧ブログで 何度もかいたとおり、「原爆投下」をふくめた「都市爆撃」の大半は、戦争犯罪である。■当時の日本国民が、戦争犯罪・植民地支配に加担する「後方」にあたったにしても、そこの強制・半強制で動員された朝鮮系日本人労働者とか、学童・乳幼児が、無差別爆撃されていい道理がない。
■つまり、そういった非人道的な大国の戦争責任をいまだにとえないのが、「国民に責任をおっている」などと大言壮語する保守政治家たちの よわごしぶりなのである。■かれらのいう「現実主義」とは、「アメリカをおこらせたら、たたきつぶされる」という、第二次世界大戦での「教訓」=トラウマだ。親分のはないきに一喜一憂し、かおいろをうかがうだけの子分たち同様、「シロをクロ」といわれたら、とことん追従する。■だから、いまごろになって、沖縄戦のこととからめてなのか、おずおず、都市爆撃などを教育現場で強調するといった始末になるわけだ。そして、その根拠だって、「二度と戦争をおこしてはならないという、教訓をえるため」といった、お題目であって、「大国は無差別爆撃といった、卑劣な戦術も、平然と正当化し、そのあとも反省しないばかりか、批判する勢力を沈黙させるような理不尽な国際関係さえ維持しようとする」といった、「教訓」をまなぶものには、絶対しない。
■いや、文部科学省あたりに「かくれている」 こころあるナショナリストたちは、そういった「かくれたカリキュラム」を配給すべく、カムフラージュをこらしているのかもしれないがね(笑)。

続きを読む »

テーマ : 教育問題 - ジャンル : ニュース

タグ : 都市爆撃 原爆投下 ナショナリズム 沖縄戦 文部科学省 保守主義

社会人入学3割切る=法科大学院の08年度入試−文科省(時事)

■「志願倍率6・8倍に低下 定員割れ46校、法科大学院(共同)」の補足記事。

2008/05/25-14:48
社会人入学3割切る
 =法科大学院の08年度入試−文科省

法科大学院



 2008年度の法科大学院入試で、国公私立全74校の社会人入学者が前年度比12.2%減の計1609人となり、入学者全体の29.8%にとどまることが、文部科学省の調査で25日までに分かった。社会人の割合の減少は4年連続で、3割を切ったのは初めて。
 文科省は「法科大学院修了者が対象の新司法試験は合格率が下がっており、職を持つ人たちが入学をためらう要因になっているのでは」(専門教育課)とみている。
---------------------------------------------------
■「考えさせるニュース」に分類したのは、別に、この記事がかんがえさせられる質のものだからではない。■文部科学省など、関係部局の「ひとごと」意識と、それを「客観報道」しているフリをするメディアの無責任ぶり等々が、「かんがえこませる」質のものだからだ。

続きを読む »

テーマ : 考えさせるニュース - ジャンル : ニュース

志願倍率6・8倍に低下 定員割れ46校、法科大学院(共同)

■「法科大学院」については、旧ブログで、その問題性などを中心に何度もとりあげた

志願倍率6・8倍に低下
 定員割れ46校、法科大学院

『中日新聞』2008年5月19日 16時43分

 文部科学省は19日、2008年度の法科大学院入試で、志願者数が前年度から5652人減って3万9555人となり、募集人員に対する志願者の倍率が前年度の7・8倍から6・8倍に下がったと発表した。

 文科省によると、定員割れは国立で23校中12校、公立で2校中1校、私立で49校中33校の計46校あり、前年度の36校を10校上回った。最も倍率が高かったのは千葉大の17・4倍。最も低かったのは0・8倍で、1倍を切った。

 74校全体の募集人員5785人に対する4月1日時点の入学者は、法学既修者2066人、法学未修者3331人の計5397人。

 入学者のうち社会人は29・8%に当たる1609人。出身学部別でみると、法学系が3987人で入学者の73・9%を占めた。
(共同)

-----------------------------------------------
■旧ブログ記事「法律家養成を再検討する2」でのべておいたとおり、初回から問題だったのが、新司法試験における合格者占有率/合格率の無残なまでの学校間格差である。

……
■予想されたことではあるが、合格率は5わりをわった。■そして、合格者1000人強のうち、上位5校で半数ちかく〔486/1009≒48%〕をしめ、上位10校ともなると約65%、上位20校なら約84%にまでのぼってしまう。■来年、3年課程の受験生が旧帝大系や早稲田などから大量に参入すると、この格差は一層ひろがるだろう。25位以下のヒトケタ台の大学の大半は、おそらく「複数名とおれば御の字」という悲惨な結果をうけいれることになりそうだ。■法科大学院のスタッフの充実度、大学ごとのブランド格差に応じた学生の質、司法試験予備校の質/量/立地などが、からむことで、これは当初から予想されたことで、それが今後ちぢまることは、かんがえられない。■20位以内には、首都圏/京阪神圏以外の大学は、かろうじて北海道大(26名,10位)と東北大(20名,13位)、名古屋大(17名,16位タイ)の旧帝大系だけだ。■地方私大の、愛知大学(13名,21位)と山梨学院(6名,31位)、南山大(5名,32位)などは、充分健闘した方だといえよう。しかし、この約25名のうち、どのくらい来年のこっているか?
……

続きを読む »

テーマ : 気になったニュース - ジャンル : ニュース

◆社会科 入試の「地理外し」再考を(加藤淳史)【追記あり】

■前便「宮崎どこ? 小学生も??? 正答率46%、全国最下位(朝日)」の関連記事。■これも『朝日』の紙面から。
■4月29日の「声・主張」面の投稿記事を、全文転載。

私の視点

◆社会科 入試の「地理外し」再考を(加藤淳史:立命館慶祥高校教員・地理)

 日本地理学会が興味ある調査結果を発表した。全国の51高校の生徒と31大学の学生に白地図から都県や外国の位置を選ばせたところ、高校では宮崎県、愛媛県の位置がわからない生徒が半分以上だった。
 特に注目したのが大学生の正答率だ。高校で地理を履修しなかった学生は、そうでない学生より全般的に劣り、スイス、ケニアの正答率は15ポイントも差があった。地理教育の必要性を再認識した。
 長く地理教育にかかわってきた経験から言って、現在の地理教育の環境は厳しい。大学の入試科目から人為的に「地理外し」が行われ、高校現場に大きな影響を与えているからだ。
 センター試験は、理系学部の場合、「地歴・公民」(地歴は地理、日本史、世界史を指す)から1科目選ぶ仕組み。地歴や日本史は4単位、公民は2単位のため、負担が少ないとの消極的理由から公民を選ぶ生徒が多い。

続きを読む »

テーマ : 大学受験 - ジャンル : 学校・教育

宮崎どこ? 小学生も??? 正答率46%、全国最下位(朝日)

■1か月まえの記事「地理教育専門委員会「大学生・高校生の地理的認識の調査報告」(日本地理学会)」の続報的文章。■また『朝日』の記事を転載。


宮崎どこ? 小学生も???
 正答率46%、全国最下位

2008年05月02日03時04分

 宮崎がどこか正確に答えられた小学生は半分以下で、47都道府県で最も低い――こんな調査結果を財団法人総合初等教育研究所がまとめた。高校生、大学生の調査でも同じ結果が出ており、東国原英夫知事は宮崎の位置を示した法被を手に、各地を回っている。

宮崎県を赤く目立たせた法被
宮崎県を赤く目立たせた法被

 調査は、社会科についての基礎知識がどの程度身についているかを知るのが目的。07年2〜3月、北海道から長崎までの21都道府県の23小学校の5、6年生計3962人に47都道府県名を示し、全国の白地図のどこに当たるかを埋めてもらった

続きを読む »

テーマ : 考えさせるニュース - ジャンル : ニュース

「手話で授業」全国初の学校開校(朝日小学生新聞)

「手話で授業」全国初の学校開校
2008年04月10日付 朝日小学生新聞

 耳の聞こえない子どもに手話中心の授業をする全国初の学校が9日、東京都品川区に開校しました。名前は「明晴学園」。聞こえない子とその親らでつくる団体「バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター」(BBED)が、統廃合(とうはいごう)で校舎が空いた旧八潮(やしお)北小に開きました。一般のろう学校が補聴器(ほちょうき)を使って聞く力を補い、日本語の聞き取りや発声をさせるのに対し、明晴学園は基本的に手話で授業。小学部に1〜5年生25人、幼稚部に16人が、東京、神奈川、埼玉、静岡などから通います。

 明晴学園の子どもは3月まで、BBED運営の「龍の子学園」(1999年設立)に通っていました。塾のようなもので、卒業資格が得られないため、BBEDは正式な学校をつくろうと活動を開始。東京都が去年3月、構造改革特区(特別に規制をゆるめて事業を行う地域)に認定されたことで、私立校をつくれることになりました。開校式に出席した佐藤清寿(きよとし)くん(新5年)は「龍の子学園では公民館を借りて勉強したこともあったので、ぼくたちの学校ができて本当にうれしい」と手話で話していました。

続きを読む »

テーマ : ちょっといいニュース。 - ジャンル : ニュース

地理教育専門委員会「大学生・高校生の地理的認識の調査報告」(日本地理学会)

■まずは、先月の『朝日新聞』の記事をキャッシュでリンクしつつ、転載。


高校生6割「宮崎ってどこ?」
 地理教育どげんかせんと

2008年03月20日01時28分

 高校生の6割近くが、地図上で宮崎県の場所を答えられず、大学生でも約3分の1が分からない――。日本地理学会は19日、こんな調査結果を発表した。国の位置を問う問題でも、イラクの場所を答えられたのは高校生の約4分の1、大学生の約半数。同学会は「知事が話題となっても、宮崎の場所を正確に知っている生徒は少ない。地理教育の充実が必要不可欠だ」と訴えている。 

 調査は同学会の地理教育専門委員会が昨年12月〜今年2月、全国の51校(うち37校は東京都内)に通う6159人の高校生と31大に通う3747人の学生を対象に実施。白地図から10都県や10カ国の位置を選ばせた。
都道府県の認知
 
 都県では、高校生の正答率は宮崎が最低で、愛媛とともに5割を切った。大学生でも愛媛、宮崎、島根の3県は約3分の2にとどまった。宮崎の場合、隣県の熊本、大分と取り違えた学生が多かったが、音の響きから東北の宮城と間違えた例もあった。


続きを読む »

テーマ : みんなに紹介したいこと - ジャンル : ブログ

早熟幻想(人間論として)

前回のつづきではあるが、政治経済学的な要素は、ぬき。■でもって、「人間論として」っていうんだから、「人間存在」に分類すべきなんだろうが、シリーズを教育現象としてはじめたので、そのわくのつづきということで、こちらに分類。■直接的な議論は、シリーズ初発の「早熟幻想

前便で、その政治経済学的な背景を分析してみたが、それでは、「数理型とか、一部のスポーツなど以外の領域でも「早熟型」が賞揚されるのは、「早熟型の天才」が、特別あつかいするうえで、「わかりやすい」という面」を軽視していいのかというと、そうはおもえない。■なぜ、「早熟」性を無視できない領域以外でも、「早熟幻想」がねづよいのか?だね。いいかえれば「早熟の わかりやすさ」とは、なんなのか?

続きを読む »

早熟幻想2(政治経済学的意味)

■だいぶまえかいた「早熟幻想」では、10代〜20代はじめで人材選抜のみきりをつけていいのか? 資源を集中投下すべき少数の選抜組を当然視して優遇措置が正当化できるか? そのヘンに疑念を呈しておいた。■いわゆるエリート主義、それも伝統身分秩序意識にもとづいた世襲原理の正当化ではなくて、競争原理にそったゲームの勝者に業績主義にそった優遇をあたえるというのは、マルクシアン*社会科学者を自任する橋本健二氏だって同意するようなものだ(もちろん、不当な格差を橋本氏は否定するが)。だから、新自由主義だろうと新保守主義であろうと、基本的に体制維持をのぞむオジサマ・オアバマがたからすれば、わかい才能が競争原理にそって業績主義的に早期にえらびだされて、それが国家・社会に貢献する、大衆をリードしていく、といった教育論は、万々歳だろう。

* 橋本氏は、検証不能な主義主張の要素がまぎれこむ社会哲学・社会思想としての、マルクス主義(Marxism)とは別個に、検証可能な社会科学の部分に限定したマルクス派(Marxian)の理論が成立可能だとするたちばにたつ〔たとえば「現代社会の階級構造----マルクシズムからマルクシアンへ」『階級社会日本』(2001年)3章〕。基本的には、分析的マルクス主義の一派といっていい。この流派のひとびとからすれば、「搾取は、純粋な学術的カテゴリーとしては、必ずしも倫理的に悪いものではなくなった」「労働者は雇用者によって「盗まれている」が故に搾取されているのではなく、システムの「自律性」が侵害され、その結果、利益と苦役の配分が「不公平」になってしまうが故に搾取されている」。橋本氏のばあいは、「「一部の人々に搾取することを認め、高い報酬を与えてより多く働かせた方が、恵まれない人々を含めた全体の利益になる」と主張できるかどうか…「格差はどの程度まで認められるか」という問題」だとさえのべる〔『新しい階級社会 新しい階級闘争』pp.116-7〕。

■実際、経団連など財界の近年の支配的論調は、この、競争原理にもとづいたあらたなエリート主義だ。■たとえば、かれらが共有している現代史観とは、「戦後民主主義体制は、身分的ななごりがこかった戦前の体制を打破し、高度経済成長をおしすすめるためには、さけられない方向性だったが、社会がゆたかになり成熟した現在、そして市場拡大の方向性が内需というかたちでは、あまりにみこめない昨今では、ふるくなった。今後は、すべての潜在的能力に均等に資源投下するのではなく、潜在能力の質・量を的確に把握して、メリハリのある教育機会を提供すべきだ…」こんなところだろう。■税金の配分をケチるためにも、こういった論理は つごうがよい。

続きを読む »

テーマ : 教育問題について考える - ジャンル : 学校・教育

障害学からみた学校の本質

■『hituzinosanpo』シリーズ第2弾。■今回も、虚をつく提起。


人権教育は、ありえない
2008年01月31日 15時47分11秒 / 障害学

……
なにが教育をなりたたせるのか。たとえば、学生みんなが席にすわって授業をきく。授業に参加する。これをあたりまえのことだと想定すること自体が、おそろしい発想である。

……わたしにとって、授業にならない教室というものは、とても自然なことだと おもえる。50分も席に すわりつづけるなど、すべての人間が できることではない。あたりまえのことだ。

ではなぜ進学校では、だいたい みんなが授業に参加できているのか。それは、学生を選別したからだ。


ある学校で、人権教育をおこなう。どのような人権をおしえるのか。どのような教育にするのか。それを議論することも大事だ。けれども、学生たちが その学校に かようようになるまで、さまざまな選別を通過している。学生たちは、選別に勝利したものたちだ。

選別というと、入学試験だけをイメージしているかもしれない。だが、そうではない。「就学時健診」による選別もある(小笠毅=おがさ・たけし『就学時健診を考える』岩波ブックレット、山田真=やまだ・まこと『子どもの健康診断を考える』ちくま文庫)。

続きを読む »

テーマ : 伝えたいこと - ジャンル : ブログ

『高学歴ワーキングプア』(水月昭道)続報2(女子篇)

■「『高学歴ワーキングプア』(水月昭道)続報」の続報。その意味では、旧ブログの「高学歴ワーキングプア(水月昭道)」シリーズの続報2弾。■副題をつけるなら、「女性と高学歴ワーキングプア」あたり。

■まずは、2年半ちかくまえの、わかい女性のブログを紹介。


2005年10月31日
文系女子院生はどこにいるのか?

……
 私も、選挙に関する日記でホームレスに関して触れているし、実際友だちと澁谷さんが日記でとりあげたような会話をしたことがあるので、自分の中の蔑みの視線に気をつけねばならないなと反省した

 そうなのだけれども、恐らく一部の文系女子院生にとって「ホームレス」という未来予想図は「極端な例」と言えるほどに非現実的なものでもない。

 以前、野宿者の支援活動をしている人と話していて思ったことなのだが、その方々は自分達は直接に野宿者の生活を目の当たりにしているので社会の現実を知っているが、あなた(=私)みたいな学問に携わる人たちは机上で物を考えているから、まるで世の中(とくに底辺のこと)を知らないのよね、という態度で私に接してくる。言わば、研究者や院生などというのは、野宿者の対極にある存在だと思っているらしい。

 実際、研究者やその卵たちが住まうアカデミズムの中に、野宿者や虐待児や危険な労働を強いられる外国人労働者やその他諸々の現状をいとも簡単に"例外"として位置づけ、日本には生命に関わるような貧困問題は"ない"と思っている人々がいることは否定しない。



続きを読む »

テーマ : みんなに紹介したいこと - ジャンル : ブログ

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE